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2005.01.31

中尊寺せんぱいの足跡

きょう、テレビをつけてたら、びっくりするニュースが…。

“オヤジギャル”などの言葉を流行させた漫画家の中尊寺ゆつこ(ちゅうそんじ・ゆつこ、本名小林幸子=こばやし・ゆきこ)さんが31日午前8時45分、S状結腸がんのため横浜市内の病院で死去した。42歳。

実はわたしは、中尊寺せんぱいとは、中学校と高校が一緒でした。

当時からとっても目立ってらっしゃいました〜。

中学の時にケイト・ブッシュの応援団をやってらして、ナウい(笑)カンジだったし、高校の時には生物の先生にあだ名をつけて、そのあだ名も代々ひきつがれていました。

まんが家として成功されてからは、もっと地元の有名人になられて、

「いつかあたしも、中尊寺せんぱいみたく、まんが家になるぞぉーー☆」

そんなことを思いつつ、ずっとまんがを描き続けていました。

中尊寺せんぱいのまんがは、キャラクターがいきいきしていて、まざにギャルってカンジで、とても個性的!

どんな雑誌読んでても、一目でせんぱいの絵ってわかるのは、まさしく「プロ」だと思います。

わたしもず〜っとまんが描いてきたし、デザイン学校でもアートの勉強したけど、ものすごーく感じたのは、絵が上手い人なんて、ほんとに星の数ほどいること!

その中で「プロ」って呼ばれるには、その人にしかできない表現を持つことだと思うんです。

デッサン力や絵の完成度など…いわゆる「技術力」は、ひたすら絵を描いていれば向上するけど、「感性」は絵を描いているではダメで、プロになるには「感性」を磨かなくちゃいけないっ! ってせんぱいを見ながら、いつも感じてました。

そして、何よりも「まんが家」というワクに、とらわれてない生き方に、憧れていました。

30をすぎてから、英語を身につけるために、ニューヨークへ移住された時は、ホントにびっくり☆

日本でまんが家として成功しているのに、ひとりで行かれるなんて、カッコいい〜〜!!!

当時わたしも、せんぱいに憧れて、1週間だけだけど、ニューヨークをひとり旅してきました。

この街のどこかに、せんぱいがいきいきと過ごされてるんだろうなぁ…、なんて思いつつ。

たしか2002年のことだと思うのですが、思い切ってメールしたことがあるんですぅ!

出身校のこととか、同じまんが家という職業ということなど…。

そうしたら、せんぱいは

「そんな後輩がいるなんて、知らなかった〜!」

なんてメールをくださり、まんがを見てくださったり、なぜだかご自宅の連絡先まで教えてくださいました。

050131chusonjiせんぱいの著書は、いろいろと持っていたので、

「今度は感想を書いてメールしますっ」

なんていいつつも、忙しくなったり、体調をくずしてしまって、なかなかメールできなかったり…。

時間を見つけて、ちゃんと感想メールするぞぉぉぉ☆

なんてず〜〜と思っていたのに、結局そのまま途切れてしまいました。。。。

そして今回の訃報。

まさか、こんなにお若くして、逝かれてしまうとは…。

創作するモノにとって、読者の感想が一番うれしい…と、身にしみてわかっていながらも、ちゃんとした感想がかけなかったことが、本当に悔しく思いました。

大切な人は、いろんなとこにたくさんいて、そして自分の時間も限られている…。

そんな日常に追われて、ついつい大切な方々との連絡が疎遠になってしまうことが多かったわたしですが、お別れはいつやってくるかわからない。。。。

その時にしてあげたいことを、心をこめてひとつひとつやっていかないと、後悔することになる…。。。

今回しみじみと、実感してしまいました。

今も大学で勉強したり、英語も身につけたいと、まんが以外のことも自分なりに努力してきたけど、もしかしたらせんぱいの足跡を追っていたのかもしれない…。

せんぱいの道のりは、止まってしまったけど、せんぱいの残してくれた足跡は、果てしなく遠くまで続いています。。。

これからも、せんぱいの足跡を、少しずつ歩いて行こうと思っています。。。

中尊寺ゆつこ先生のご冥福を、心からお祈りいたします。

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