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2007.05.30

深層心理から湧き出た葛藤

大学の臨床心理学実習でバウムテストをやってから、あたしの心は悶々としている。

絵を描くことにより、自分が意識していない深層心理にあるイメージが意識に到達。
描いてる時はとても気持ちがよかったんだけど、どうやらうまく意識を解放できないらしい。
中途半端に無意識の領域をいじることはとてもキケンなことだとはよく聞くけど、こういうことなのかぴら??

心理テストをした夜に夢を見た。
Crab
仲のいいおばさんが、食材として生きている「毛ガニ」をくれるという。
どのように調理すればを教えてくれるそばで、毛ガニは元気に動いている。

夢の中であたしは、この毛ガニを殺さずに、飼えないかと思案する。

寒いところに生息する生物だから、家の中では暑すぎるのでは?
外で飼った方がいいのかな?
でも逃げ出して、外来種として生態系をおびやかすのでは!!???

な〜んて苦悩しているところで、目が覚めた。

冷静に考えるとうちは、近所の海は護岸工事された「港」よこはま。
水温も高いし、エサとなるベントス(底生生物)の確保もよくわかんないしぃ、飼えるわけないのにね〜(ぷ)

「感じたままを描け」と言われると、あたしは「喰うもの、喰われるもの」を描いてしまう。
特に「喰うもの」の象徴として、猫や猛禽を描いてしまうことが多い。
動物が好きで動物行動学を勉強している影響もあると思うけど、人間生活においては「喰うこと」について、無意識の領域で葛藤があると推測した。

はじめて猫と暮らしてびっくりしたのは、「獲物を捕まえて、なぶり殺しにすること」。
もちろん獲物を食べることもあるけど、遊びで延々となぶり殺しにするのだ。
最初はあまりの残酷さに目を背けたくなったが、何回も殺傷行為が繰り返されるうちに、野生ってこういうものなの? と、その行動を冷静に観察できるようになってしまった。
猫だけではなく、捕食する側の生物は、子供の頃は遊びのなぶり殺しで、狩りの方法を習得する。
そして多くの生物は、同じ種で特にオス同士で殺し合いをする。
自分の遺伝子を残すために、本能的に行動しているのだ。

人間の子供もよく、小さな生物をなぶり殺しにしたりする。
あれって残酷なことなのかな?
もしかして「生物的」には、人間もそういう生き物なのではないかと考えることさえある。
親のしつけや社会の規範により
「無益な殺生はするな、いのちは大切なモノ」 と教えられ、本能にある「殺生したい」欲求はおしこめられる。

おしこめられた「本能」と、殺生したくない自らの意思、そして殺生しなければ生きていけない現実との間に生じる葛藤は、無意識という深い深い海の底に沈み、日常生活で意識することはあまりなかった。

あたしは新鮮な魚を食べるために、生きたままでぴくぴくしてる刺身を見るのがいやだ。
イケスのあるお店で、ごはんを食べるのも抵抗がある。
調理をする時の食材も、できれば生きていない方がいい。
唯一アサリなどの生きた貝類は調理するが、火を入れて「ぱかっ」と割れて絶命の音を聞く時は、正直かなり心が痛むのだ。

「いのちは大切」
「他の命をいただかないと、自らの生命を維持することができない」

この相反する行為を、どうやってこころの折り合いをつけていけばいいのだろう?
潔く生物的に行動する猫を見ていると…、

「人間って何?」

あたしはしばらく、哲学的にモノ思いにふけてしまったのであった。

といいつつも、今晩も冷凍してあるお肉を調理して、がっつり喰いたいと計画している。

そしてこれからも、あたしの絵の中にはそんな葛藤…、
「喰うもの喰われるもの」が表現されていくのかもしれない…。

な〜んてことをここに書いたら、ちょりっとすっきりしたので、たまってるレポートに着手しなくてわ〜(きゃはっ)

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奥さまは大学院生4+平成19年度」カテゴリの記事

コメント

おひさなの~♪(^-^)ノ♪
食べ物に繋がるものがみんな美味しそうに見えてしまうボクは…野生に近いのだろうかwww
鮮魚関係は、できれば、生きててピッチピチが好きだし…
GW辺りになんて、イカを捕ってスグに刺身だし…

その価値観だったり感覚は、育ってきた環境が大きいように思う。
田舎で過ごしてると…自給自足というか…魚も肉も生きてるままの
形を確実に見て、で、新鮮なものを食べて美味しいという感覚を知ってると、
なんてことはなく、口をパクパクさせてるお造りがあっても、
美味しそう~♪って思えるもんだなぁ…と…
切身のものや、できあがったものが当たり前だったりすれば、
見慣れない本来の姿を見れば残酷に感じるのではないだろうか?
それは、きっと…昨日今日のスリコミではなく、感受性豊かな幼き頃にどんな環境で育ったかって~のが大きく反映してるように思う。

命は大事に…そうだよなぁ…とも思うんだけど…
食物として見た時のその曖昧さは、なんとも微妙なものだなぁ…
と、確かに思うケド…人が生きていくってきっとだから難しいのかも…

投稿: のりぷぅ☆彡 | 2007.05.31 14:03

のりぷぅたん、コメントありがとうですぅ〜!
育った環境…、確かにそうなのかもぉ!
東京生まれで横浜育ちのあたしは、食材はすでに切り身になって並んでいるものばかり…。
肉とか魚も大好きなのに、ぴちぴちに抵抗があるなんて、まだまだ甘いなぁ〜なんて思った!
でも自分が「捕った」エモノだったら、ぴちぴちでも生きるために「神聖なチブン」で気持ちよく喰えるかも☆
昔釣りたての川魚を河原で焼いて喰った時に、んまいっって思ったもん!

やぱり都会暮らしは、人間のある部分を消失させてしまうのかなぁ〜
なんかのりぷぅたんの環境が、うらやまちいでちゅうう(>▽<)
あたしも捕れたてぴちぴちのイカの刺身…喰ってみたいかもぉ〜(じゅる)

投稿: まや | 2007.05.31 15:08

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